投稿日:2007-12-09 Sun
滝山城は戦国時代中ごろ、1521年に武蔵野国守護代の大石定重が築城したと伝えられます。滝山城は大石氏から北条氏照の居城となり、上杉謙信、武田信玄などから猛攻され熾烈を極めたといいます。後に八王子城に移りましたが典型的な中世城郭の縄張りを持つ城です。木立の深い城址にたたずむとき、かっての名城といわれた滝山城の面影が偲ばれます。今は雑木の森に囲まれて、静かな武蔵野の里山でした。
滝山城本丸跡に立つ霞神社

本丸跡の広場の南には滝山城の碑がありました。

中の丸のあずまやからは多摩川が蛇行して流れる様子が俯瞰できます。多摩川と川岸の崖が北の守りだったようです。

二の丸後に出てくれば、入り組んだ谷戸が守りを固めていたのでしょうね。葉の落ちた雑木林が影を長くのばしています。

丘のような低山ですが、細い尾根が張り出しています。

なだらかに円を描いて下る谷は、馬出し址というところか、馬上の武士が打って出た所でしょうか。
城跡はここ以外は急な崖に囲まれて要害堅固だったのでしょう。

本来はシラガシの森だったのが後に薪炭を得るために作られた二次林で里山の風情が好ましいです。
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